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Day313(神の使者:P.422-423、ACIM:M-10.02:07-09)

みんな同じだよ。だが、確かに状況が違い人が違えば、それにあった考え方もあり得るね。「マニュアル」にいいことが書いてある。判断を聖霊に委ねれば、立場はもっと力強いものになると思い出すのに役立つよ。神の教師にとって、判断という重荷をあきらめるのは犠牲ではないんだ。
ーそれどころか、彼は自分によってではなく自分を通して判断が行われるという位置に身を置くことができる。この判断は「善」でも「悪」でもない。判断があるというだけで、しかもそれは唯一の判断である。「神の子に罪はないし、罪は存在しない」(神の使者:P.422-423)

It’s all the same. But yes, there can be certain thoughts that help different people more in different situations. There’s a passage in the Manual that’s very helpful because it reminds you that if you let the Holy Spirit take care of judgment, then it actually puts you in a much more powerful situation. It’s no sacrifice for a teacher of God to give up the burden of judging.
…On the contrary, he puts himself in a position where judgment through him rather than by him can occur. And this judgment is neither “good” nor “bad.” It is the only judgment there is, and it is only one: “God’s Son is guiltless, and sin does not exist.”(D.U.:P.336)

M-10.02:07-09の引用です。

それどころか、彼は自分によるのではなく自分を通して判断が為されることが可能になるという立場に、自分自身を置くことになる。そして、この判断は「良く」もなければ「悪く」もない。それは存在する唯一の判断であり、「神の子は無罪であり、罪は存在しない」というただ一つの審判である。『奇跡講座(中央アート出版社)』

それどころか、彼は価値判断が彼によってなされるのではなく、彼を通してなされる立場に身を置くのです。そして、この価値判断は"良い"ものでも"悪い"ものでもありません。それは存在する唯一の価値判断であり、一つだけの価値判断です。すなわち、"「神の子」に罪はなく、罪は存在しない"という価値判断です。(大内博訳)

それどころか、自分が判断するというより、むしろ自分を通じてそれが成されるという立場に自分自身を置くことになる。したがって、こうした判断は「良く」もなければ「悪く」もない。下される判断はただ一つ、「神の子に罪責感はなく、罪は存在しない」、この一つしかないのである。(田中百合子訳)
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FamilyofGod

Author:FamilyofGod
ACIM学習者です。スピリチュアルな事は余りわからないまま、コースに入りました。
「神の使者」を読んだのをきっかけにACIMを学ぶようになりました。
サラリーマンで技術畑を軸にくらしてきたので、スピリチュアルなことに係わる事はありませんでした。なので、実生活では、スピリチュアルなことを話せる友人・知人がおりません。
こちらで色んなお友達ができることを期待してます。
また、ブログも初めてですので色んなことを御教授頂ければと思います。
よろしくお願いします。

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