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Day324(神の使者:P.443-444、ACIM:T-31.VIII.06:04-05)

「コース」でいいと思うことの一つは、セックスが話題にもなっていないことだ。行動についての批判、判断はいっさいない。問題はただ一つ。学習者は身体にアイデンティティを感じたいのか、霊に感じたいのか、ということ。霊を選んだからってセックスできないわけではない。自分にしる他人にしる独身でいるべきだと主張することは、赦しではなくて批判、判断だろう。誰かがそうしたいなら独身でいることを選んだってぜんぜんかまわない。身体にアイデンティティを感じないというのは、ある時点で自分もそしてパートナーもほんとうは何者なのかを思い出す、ということだ。恋人たちにとってはセックスは一体化の象徴であり愛の表現になるだろう。重要なのは、パートナーがほんとうは身体ではなくキリストだという気づきー情熱が燃え盛っているときには、その気づきは一時的に忘れられるかもしれないがーなのだ。また逆に相手をどう考えるかということが、自分自身の心のなかのアイデンティティを確立する。(神の使者:P.443-444)

One of the things I liked about the Course was the fact that sex wasn’t even an issue. There was no judgment made about behavior. The only question was: Does the student want to have the body or spirit for an identity? If one chose the spirit, that didn’t mean one couldn’t have sex. To insist on celibacy for yourself or anyone else would be a judgment rather than forgiveness, yet it would be perfectly appropriate for someone to choose celibacy if they wanted to. Not having the body as their identity simply meant that at some point students should remember who they and their partners really were. For those in love, sex could be used as a symbol of joining and an expression of their love. The key was an awareness—even if that awareness was temporarily forgotten in the heat of the moment—that their partner was not really a body but Christ. In turn, how they thought of the other person is what established their own identity in their mind.(D.U.:P.355-356)

T-31.VIII.06:04-05の引用です。
T-31.VIII.06を引用します。

T-31.VIII.6. You are as God created you, and so is every living thing you look upon, regardless of the images you see. 2 What you behold as sickness and as pain, as weakness and as suffering and loss, is but temptation to perceive yourself defenseless and in hell. 3 Yield not to this, and you will see all pain, in every form, wherever it occurs, but disappear as mists before the sun. 4 A miracle has come to heal God's Son, and close the door upon his dreams of weakness, opening the way to his salvation and release. 5 Choose once again what you would have him be, remembering that every choice you make establishes your own identity as you will see it and believe it is.

あなたはまさしく神が創造したままのあなたである。そしてあなたの眺める生きとし生けるものについても、あなたが見ている形象にかかわりなく、同じことが言える。苦痛や弱さや、苦しみや損失などとしてあなたが見ているものは、あなた自身を無防備なまま地獄の中に置かれた者と知覚したいという誘惑にすぎない。この誘惑に屈せずにいなさい。そうすれば、あらゆる形のあらゆる苦痛が、どこであれそれが生じたところで、陽に照らされた霧のようにただ消えていくのが見えるだろう。神の子を癒し、彼の見ていた弱さの夢の扉を閉ざし、彼の救済と解放への道を開くために、奇跡がやってきた。あなたは彼をどのような存在としたいかについて、もう一度選び直しなさい。そして、覚えておきなさい。あなたは自分が選んだものを見て、それが自分のアイデンティティーだと信じることになるのだから、自分の下す選択の一つひとつが自分のアイデンティティーを確立するということを。『奇跡講座(中央アート出版社)』

あなたは「神」が創造されたままの存在であり、あなたにどのようなイメージが見えようとも、あなたが目にするすべての生きとし生けるものも皆同じです。あなたが病気や苦痛として見るもの、弱さ・苦しみ・喪失として見るものは、あなた自身を無防備で地獄の中にいる者として知覚したいという誘惑にすぎません。この誘惑に屈しないでください。そうすれば,すべての苦痛が、いかなる形でどこに現れても、太陽の前の霧のように消えていくのが見えるでしょう。奇跡がやって来て「神の子」を癒し、彼の弱さという夢のドアを閉ざし、彼の救いと解放への道を開いたのです。「神の子」にどのような存在であって欲しいか再び選択してください。そして、あなたがする選択の一つ一つが、あなたが見るものとしての、またあなたが信じるものとしてのあなたの帰属性を確立するということを思い出してください。(大内博訳)

あなたは確かに神が創造なさったままのすがたであり、あなたの見ている命あるすべてのものもそうであって、これはたとえ自分でどんな偶像を見ていようと言えることである。病気とか苦痛、あるいは弱点とか苦しみとか損失だとみていることは、ただ自分自身を無防備な状態で地獄にいるようなものだ、と知覚させようとする誘惑にすぎない。こんな誘惑に屈しないように、そうすればどんなかたちの苦痛であれ、それがどこで起ころうが、どれもみな、ただ太陽をまえにした霧のように消えていくのが分るだろう。奇跡は神の子を癒すために生じており、その人の弱さを夢見ている世界の扉をしめて、救いと解放の道を開こうとしている。あなたはその人をどんなすがたにするつもりなのかもういちど選ぶがいい、ただし自分でなんらかの選択をするたびに、これこそ自分だとみなしてそのまま信じる、自分自身のすがたというものを確立することになると覚えておくように。(田中百合子訳)
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プロフィール

FamilyofGod

Author:FamilyofGod
ACIM学習者です。スピリチュアルな事は余りわからないまま、コースに入りました。
「神の使者」を読んだのをきっかけにACIMを学ぶようになりました。
サラリーマンで技術畑を軸にくらしてきたので、スピリチュアルなことに係わる事はありませんでした。なので、実生活では、スピリチュアルなことを話せる友人・知人がおりません。
こちらで色んなお友達ができることを期待してます。
また、ブログも初めてですので色んなことを御教授頂ければと思います。
よろしくお願いします。

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